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オジサンの車中泊ぶらり旅&日記

車中泊の旅過去ログ&旅行&日記など綴りたいと思います

札幌村(旧元村)開拓に貢献。大友亀太郎、大友堀水路の完成〜慶応2年。   2018,11,14

       大友亀太郎は、22歳の時二宮尊徳の門に入り農政事業を学ぶ。
       25歳の時、江戸幕府の命で北海道に渡り、道南の現木古内町と七飯町
       御手作場(開拓農場)を完成させてます。

       慶応2年さらに、蝦夷地開拓を命ぜられ、農家八戸とともに札幌元村の伏古川
       の岸辺に入り事業着手したのです。

       開拓には農業用水、飲料水、札幌中心部からの物資の輸送に水路が必要でした。
       大友堀と呼ばれ、約4㎞の水路を完成させた、現在の札幌市を東西に分けてる
       創成川の前身となりました。

       大友堀完成後元村には、本州各地から入植者が入り、明治4年には札幌村となる。


 札幌村郷土記念館を訪問。
 この地は、大友堀の最終地点でもあります。
 館長さんから、長時間にわたり詳しく説明を受けることができました。


R0026435.jpg


 記念館です。


R0026436.jpg


 札幌村と大友亀太郎の関係がわかる。


R0026437.jpg


 大友亀太郎宅跡でもあります。
 前庭に石像。  この石像は市内創成川たもとの石像と同じだそうです。


R0026442.jpg

      ・  創成川の大友亀太郎石像。  2018,10,24. (リンク)


 札幌市の現況図に、大友堀、伏古川の河川は明治初年を想定、
 札幌区と各村の境界は明治29年の地図にもとづいている。

 下部が大友堀取水口で右上部が大友堀落口。


R0026455.jpg


 『大友堀のすがた』
 掘削開始 慶応2年6月
 開通   慶応2年9月

 数カ所の海抜が書かれてます、水路工事には重要ですね。
 約4㎞の工事、3ヵ月で完成してる。


R0026445.jpg


 別の説明図。
 右上が落口地点の当時元村(現元町)


R0026446.jpg


 工事に必要な測量器。


R0026462.jpg


 大友亀太郎愛用の測量器。
 小田原の実家に保存されてるそうです。


R0026466.jpg


 大友亀太郎写真です。
 慶応時代と思われます、珍しい。 記念館ホームページからお借り。


大友亀太郎


 大友堀できた頃の現在の大道公園付近。
 奥は森林地帯、時代の変化を感じます。


R0026464.jpg


 明治5年の大友堀、右奥が元村方角。
 当時としては大工事だったでしょうね。


R0026457.jpg


 開拓当時の小屋掛。
 屋根は樹皮のようです、厳寒の北海道冬の生活が想像できます。


R0026458.jpg


 大友亀太郎の愛刀。


R0026467.jpg


 明治3年に越後から元村に移住した人に餞別として画き贈られた
 珍しい北海道地図、水色の部分は海。
 かなり正確に書かれてますね、越後に当時北海道を想像できた人が居た事がふしぎ。


R0026468.jpg


 今回記念館の館長さんの説明を聞き、以前訪問した東旭川町の旭川神社
 と旭川市との開拓関係が、実によく似てる事でした。

     ・  東旭川町に旭川神社   2014,9,24。  (リンク)


     郷土記念館には大友亀太郎に関する資料のほか農作業に
     関する、自分にとっても懐かしい展示が多くありました。
     次回報告します。
     
  1. 2018/11/14(水) 08:15:35|
  2. 札幌
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コメント

Re: こんばんは。

> 開拓には水路が必要だとのこと。

 yamashiro94さんコメントありがとうございました。
 幕末から明治初期の、現札幌中心部にはすでに開拓使を始め
 住宅が建ちはじめました、当時の写真も残されてます。

 大友亀太郎は、農地開拓を目的に中心部から離れた札幌村に
 入植したと思われます。

 中心部からの物資輸送、人の交流、農業用水等から大友堀が
 必要だったと考えられます。
   歴史探索も楽しいですね、自分も歴史人間年齢ですが(笑)

  1. 2018/11/15(木) 09:59:43 |
  2. URL |
  3. N.PIKA #-
  4. [ 編集 ]

こんばんは。

開拓には水路が必要だとのこと。
当時、水運が物資の大量輸送には適していたでしょうね。

「大友堀」の開通は、慶応2年9月と書かれていますが、明治になる前から、このような水路が築かれていたのですね。
初めて知りました。
  1. 2018/11/14(水) 17:07:54 |
  2. URL |
  3. yamashiro94 #-
  4. [ 編集 ]

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Author:N.PIKA
大雪山を一望できる上川盆地で育ち、旅、登山、釣りを趣味として年輪を重ねたオジサンです。
全国車中泊の旅を3度トライしました、

イラストは大雪連峰です。

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