海津市の南側に、千本松原が有ります。
揖斐川と長良川に挟まれた。細い堤防。そこに千本松原が有りました。
古い昔から、水害、生活の水、農業用水と難題が多い地方だったのでしょう。
歩くと、良く分かります。
千本松原の入り口に、石碑が有りました。
木曽三川治水の先駆者、平田靫負、ヨハネス、デ、レーケ両氏です。

平田靫負は薩摩に生まれ、家老となり、宝暦三年『自らを犠牲にし、水難の同胞を救う』
と自ら総奉行として美濃の地につき前代未聞の難工事に従事し費用約40万両と八十余名の犠牲者
を出して竣工後、すべての責任を負い、現在の養老町の本子屋で自刃しています。
治水神社の祭神であり、治水の恩人と言われています。
ヨハネス、デ、レーケ氏はデンマーク人で水路の面でデンマークに似てたのでしょう。
知識を得たのでしょうね。
南側から歩きました。しばし松を眺めて下さい。

このような、道が延々と続きます。

頑張ってる松。

ここを、歩く時は名前を自分で付けて歩くそうです。

夫婦松で良いですね。熊野古道大門坂にも有りました。

見守りの松と付けられてました。海津市立大江小学校四年生が植樹と有りました。
植樹は多かったです。松原保存で協力が有るのでしょう。
特に鹿児島が多く、感じました。治水の祭神、薩摩の平田氏の関係でしょうね。

治水神社に到着。東郷平八郎書とありました。

鳥居です。

本殿で参拝。

犠牲者の碑

工事の姿です。近代的機械の無い時代、想像できますよね。

可愛い幼稚園の子も、歩きに来ました。
先人の苦労が生きてます。

松ばかりでした。最後に花を。

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- 2013/05/17(金) 06:30:04|
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